裁判官選任(1) ボリビア最高裁判所の場合

 裁判官はどのようにして裁判官になるのか。普通に考えれば司法試験に合格して、司法修習を経て、裁判所に採用されれば、晴れて裁判官になることができます。しかし、このようなシステムはそれほど一般的というわけではありません。「裁判官を選挙で選ぶ国がある」というと少し奇異に聞こえるかもしれませんが、実際に存在します。アメリカ(いくつかの州)がその代表例で、最近まで唯一の例と思い込んでいたのですが、実際には違いました。そもそも日本もそうした例の1つに当てはまるのですが(最高裁判所裁判官国民審査)、その他にもスイス、フランス、南米諸国において一部取り入れられていると言われています*1

 しかし、その国の最高位の裁判所において裁判官選挙を導入しているところはほとんどありません。日本をそのうちの1つとして数えることも不可能ではありませんが、ほぼ唯一の例として挙げられるのはボリビアです。ボリビアでは、初の先住民出身として当選したエボ・モラレス大統領の下、2009年に新憲法が作られ、この中で裁判官公選制が定められました*2 *3。そして、2011年10月16日、ボリビア最高裁判所、多民族憲法裁判所、裁判官評議会、および農業裁判所の56のポストにつき、初の裁判官選挙が実施されました*4

 ボリビアの裁判官選挙では、立候補者は2段階の過程を経て選ばれました。つまり、まずは581人の申請者の中から議会によってあらかじめ118人まで絞られ、この118人が選挙にかけられたのです。議会での選ばれ方もまた2段階に分かれており(委員会→本会議)、委員会が有資格者として提出した348人の候補者の中から、本会議が投票で絞り込み、118人が選ばれました*5。任期は6年で、再任は認められていません。

 アメリカでとられている裁判官選挙は、党派的な選挙と非党派的な選挙に分類されますが、その点でいけばボリビアの裁判官公選制は後者に当てはまります。政党に所属していないことが立候補の要件の1つとなっていました。それだけでなく、選挙運動も厳しく規制され、たとえば他の候補者を批判することは禁止されていました。メディアのインタビューを受けることは可能でしたが、各候補者に同じだけの時間を与えなければならないなどの制限があり、「偏向」ないしは「不平等」な報道には罰金が課されることになっていました*6

 非党派的な選挙制度は、選挙が過度に政治化しないように設けられているはずですが、しかし結果として、ボリビアではじめての裁判官選挙は政治化しました。政党所属は禁止されていたはずですが、与党MAS(社会主義運動)と直接のつながりを有している候補者も多かったといいます(候補者を審査しふるいにかけるのが議会なので、なんらかの政治的考慮が働くであろうことは容易に想像できます)。野党は、特定の候補者を攻撃したりしてはいけませんので、選挙自体を批判し、ボイコットを呼びかけました。ボリビアでは投票は義務制なので、「いかに無効票を投じるか」が広められました。選挙前には候補者自身が「有権者に情報が行き渡っていない」として抗議をしたとも言われています。その結果、投票率は8割弱だったのですが(これでも低い方)、無効票がきわめて多く、全体の平均で見れば有効票が42.1%で、残りが無効票でした*7

 このように2011年にはじめて行われた裁判官公選制は、ボリビアにおいてどのように評価されているのでしょうか。Due Process of Law Foundationのレポートは、まだよくわからないとしつつも、内部対立、独立性の欠如、政治家による批判など、あまり芳しくなさそうな状況を報告しています*8。たとえば、裁判官選挙は「誤り」であって、それによる結果は「失敗」である、といった言い回しがよく議論の中で用いられているそうです。この選挙で当選した者は任期満了前にクビにするべきだなどと言う人まで政府内にはいるらしく、今後、ボリビアがこの制度を続けていくのか、止めるのか、修正を加えるのか、注目されるところです(ただ注目したくてもなかなか情報が得にくいというところもあります。そのため、このレポートが出てから現在までの間にすでになんらかの変更が行われている可能性も否定できません)。

*1:Luis Pasara "Judicial Elections in Bolivia: An Unprecedented Event" (Due Process of Law Foundation, 2014).

*2:たとえば、182条1項では「最高裁判所の裁判官は普通選挙により選ばれる」とされています。"Bolivia (Plurinational State of)'s Constitution of 2009" (Constitute)参照。以前は議会による任命の形態をとっていました。Guardian "Evo Morales is the loser in Bolivia's judicial vote" (2011/10/18)参照。

*3:斜め読みで恐縮なのですが、真鍋周三『ボリビアを知るための73章』(第2版、明石書店、2013年)をもとに当時の政治状況を見ておくと、ボリビアでは6割ほどの人々が先住民族との自己認識を有する一方、先住民族と非先住民族の間の格差は大きく、また顕在化・深化しており、そうした中で当選した先住民族出身のモラレス大統領は、「『植民地的な国家と新自由主義経済体制』の転換を宣言した。それは半世紀前の革命にもかかわらず過半を占める先住民人口を社会底辺に留めてきた植民地以来の支配構造、そして03年にその限界が露呈した『協定による民主主義』とグローバル化に対応した開発体制など、旧来の支配的な統治構造を全面的に転換する革命に等しい試みを想起させるものである」(p. 147)。そうした試みの1つとして、裁判官公選制が導入されたのだと考えられます。

*4:Amanda Driscoll and Michael J. Nelson "The 2011 Judicial Elections in Bolivia," Electoral Studies, Vol. 31, No. 1 (2012).

*5:Pasara, ibid.

*6:Driscoll and Nelson, ibid.

*7:Driscoll and Nelson, ibid.

*8:Pasara, ibid.