裁判官選任(3) ブラジル連邦最高裁判所の場合

 今月はじめ、政府会計の粉飾に関わった疑いで、ブラジルのルセフ大統領に対する弾劾手続きの開始が決定されました。今年1月に2期目を迎えたルセフ大統領に対しては、低迷する経済状況を受けて、政府会計に不正があったなどとして野党が攻勢を強めているとされ、今月はじめの訪日予定も「大規模汚職や経済低迷などによる政治的混乱が背景にあり、ルセフ氏は内政問題への対処を優先する」との理由で直前に中止となりました*1

 しかし、その弾劾の試みは、先々週、最高裁判所によってブロックされました。ブラジルにおける大統領弾劾手続きは、①下院に特別委員会が設置され、10日以内に弾劾についての公聴会を下院で開くかどうかを決定する、②下院公聴会開催が決まれば、下院本会議で審議され、3分の2以上の賛成があれば弾劾審議は上院に移される(この段階で大統領は一時的に大統領職を離れ、副大統領が臨時的に代行する)、③上院での審議を経て、上院本会議で3分の2以上の賛成があれば大統領は弾劾されることになる、(ただし180日以内に上院が決定を下さない場合は大統領は復職できる)、というものです*2。ここで問題になったのは、①の下院特別委員会の設置が秘密投票で、弾劾賛成派(大統領反対派)ばかりの構成で、下院のみによって決定されたことでした*3最高裁は、公開投票による委員会設置のやり直しを命じたのに加え、弾劾裁判を行うかどうかの最終決定権(出席議員の単純多数決)を上院に付与したとされています*4

 ブラジルはアメリカの影響を強く受けており、最高裁判事の選任方法もアメリカの連邦裁判所と同様、大統領の任命、上院の承認という形をとっています*5。ただし、アメリカのような二大政党間の対立がないためか*6、大統領の提示した候補が上院で拒絶されたことはほとんどなく、上院の承認権は形式的なものにすぎないとされています。従って、11人からなる最高裁判事の選任に対しては大統領が強い影響力を有することになります。最高裁判事には伝統的に裁判官、政治家、法学教授、検察官、弁護士から任命され、年齢要件は35歳〜65歳で定年は70歳。在職年数の平均は8年とのことなので(ただし1946年〜1987年までのデータで、偏差も大きい)、任期4年の大統領が2期務める間に多くの裁判官が退職し、新しい裁判官を任命する機会が得られることになりそうです*7

 ちなみに、現在の最高裁でルセフ大統領により任命された裁判官は11人中5人です。その前任で同じく労働者党の出身であるルーラ大統領時代に任命された裁判官を合わせると、合計8人になります*8。そして実際に、今回の決定のいくつかの部分で9対2、8対3、7対4といった評決が見られます。しかし、反対の側に回っている中に、ルセフ大統領により任命されたEdson Fachin判事、ルーラ大統領により任命されたDias Toffoli判事の名前が見られるあたり、話はそれほど単純ではなさそうです*9。実際、上記のように、同じ選任方法をとるアメリカとは違ってブラジルで上院の承認が形式的なものになっているのは、最高裁判事の任命がそれほど党派的ないしイデオロギー的になされないことが一因であるとする研究もあります*10

 ともあれ、今回の最高裁の決定により、弾劾手続きはやり直しとなり、先送りとなりました。まもなく年越しを迎えようとしている現在、ブラジルは夏休みに突入しています。議会は2月に再開する見通しで、そのころにまた弾劾について改めてクローズアップされることになるものと思われます。

*1:ニッケイ新聞「ブラジル大統領訪日中止=13年に続き、政治混乱=両国関係に水」(2015/12/1)、朝日新聞ブラジル大統領の弾劾手続き開始 政治の混迷に拍車」(2015/12/3)。

*2:ブラジル:ルセフ大統領の弾劾手続き開始について」(大和投資信託ウェブサイト、2015/12/3)。

*3:teleSUR "Pro Impeachment Lawmakers to Investigate Brazilian President" (2015/12/8), Guardian "Brazil's supreme court suspends impeachment moves against president" (2015/12/9).

*4:AFP "Brazil's Rousseff scores court win in impeachment case" (2015/12/17), Reuters "Brazil court rulings help Rousseff fend off impeachment" (2015/12/17), The Rio Times "Opinion: Brazil’s Supreme Court Legislates – Badly" (2015/12/21).

*5:ただし、ポルトガルの元植民地であることからポルトガルの影響も強く受けており、下級裁判所では概してキャリアシステムがとられています。Maria Angela Jardim De Santa Cruz Oliveira and Nuno Garoupa "Choosing Judges in Brazil: Reassession Legal Transplants from the United States," American Journal of Comparative Law, Vol. 59, No. 2 (2011).

*6:軍政時代は“官製”の二大政党制がとられていましたが、その後多党制へと移行し、2010年総選挙の際には21もの政党が登録されていたそうです。堀坂浩太郎『ブラジル—跳躍の軌跡』岩波書店、2012年参照。

*7:Oliveira and Garoupa, ibid.; 佐藤美由紀『ブラジルにおける違憲審査制の展開』東京大学出版会、2006年。

*8:Wikipedia "Supreme Federal Court"および"Supremo Tribunal Federal"参照。

*9:Plataforma dos Movimentos Sociais pela Reforma do Sistema Político "STF derruba rito adotado por Cunha para o impeachment de Dilma; veja como será" (2015/12/18).

*10:Oliveira and Garoupa, ibid.