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【メモ】とぼしい裁判所予算

阿比留兼吉「とぼしい裁判所予算 裁判スピード化のため速かに増額を」『朝日新聞』1958年12月25日朝刊。

 終戦後進駐軍の命によって旧司法省が法務省と裁判所とに分離し、裁判所は予算については法務省の監督を離れたけれども、最高裁判官および事務総長は予算閣議に列することはできないから閣議での発言権はない。復活要求をする場合は法務大臣を通してのみなしうるが、法務大臣は自分の直接管下の法務省予算のぶんどりに追われて裁判所の予算にまでは手が届かず、従って裁判所予算はいわゆる継子扱いされているのが現状である。

 この制度の欠陥は何とか是正しなければならない。とにかく現状における裁判所予算の不足はわれわれ在野法そう(曹)から見ればまったく痛々しい限りである。現在、裁判官の不足は数十人の多きに達している。今春、判事の任期十年の更改の際に、その不足を補うため在野法そうからの志望者を募ったが、在野法そうからはほとんど志望者がない。その原因は待遇の悪いのと仕事量の過重の二つの原因である。裁判官は普通の給料および手当以外にほとんど別途収入はない。その給料や手当も他の一般行政官のように管理職手当がなかなかつかないし、仕事の量も全く過重である。

 例を東京地方裁判所の判事にとっても、一人の判事は平均三百件以上の訴訟事件を担任している。その担任事件を裁判の期日ごとに下調べ、または判決を書かなければならない。まったくお気の毒でみなよく神経衰弱にならないものだと感心している。判事が神経衰弱気味からイライラして訴訟当事者を怒鳴っているのをときどき見受けるのは事件の過重負担の結果である。従って担任事件が多いからいきおい次回期日が何ヵ月も先に指定される。その指定された日に証人でも出て来ないと、また何ヵ月か先に延びる。かくて一年に数回しか訴訟が進行しないから、一般人は裁判所と弁護士とがなれ合いで事件の引きのばしをやっているくらいに考えている。

 また東京地方裁判所では、普通公判部の場合は判事が隔日に出勤しているが、非開廷日には自分の机は他の部の判事が使っていて自分専用の机というものがない。判事は富裕な人ばかりでないから、アパートあるいは小さな家に住まい、子供でもあると非開廷日に自宅で記録調べも出来ないので、裁判所で自分専用の机でもあれば非開廷日に出て記録を調べたい人が大部分である。が、それも出来ない。従って家族の寝静まった夜中に仕事をする場合が多いから、よけい神経衰弱にもなる。

 かようにいろいろの方面から考察すれば、裁判所庁舎およびその設備の不備と待遇改善が緊急の要件である。きくところによれば、現在の裁判所庁舎中、奈良の裁判所は慶安三年、いまから三百八年前の建築で、いまでも改築されないでいる例にかんがみても、いかに裁判所予算が冷遇されているかが判明するであろう。