ヘイル卿のBrexitに関する発言が話題に

 先日、「Brexit判決と司法の独立性」ということで投稿したばかりですが、今度はイギリス最高裁判事であるヘイル卿(Lady Hale)がマレーシアにおける講演で行った発言が取りざたされています。「Brexit投票には『法的拘束力がない』と最高裁判事が述べる」(The Independent)*1、「Brexitを発動する前にEU関連法の徹底的検討に数ヵ月が必要と最高裁判事が警告」(Daily Mail)*2などと報じられています。

 ヘイル卿の講演の内容はイギリス最高裁の公式ウェブサイトで公開されています*3。イギリスで学んだ後、マレーシアに戻って裁判官を務め、その後スルターンになったというアズラン・シャーの名を冠した講演で、その判決も引用しながら、ヘイル卿は、憲法は人権や権力の分立といった原則を体現するものであり、それは成文憲法でも不文憲法でも変わらないというところから、イギリスにおける近年の司法改革に話を進め、連合王国において最高裁はいかにして「憲法の守護者」たるべきかについて議論しています。正直、イギリス司法のことは全然詳しくないので勉強になります。

 そして、講演の最後にBrexit判決に言及します。ヘイル卿は、次のように発言しています。

よく知られているように、連合王国がEUを離脱するべきか留まるべきかに関するレファレンダムでは、離脱が51.9%の過半数をとりました。しかし、そのレファレンダムは議会を法的に拘束するものではありませんでした。もちろん、連合王国政府が加盟条約を締結した後にEU法を連合王国の法的秩序へと組み込むための法律を議会が制定したのと同じように、議会はその法律を廃止することもできる、ということに疑いはありません。問題は、私たちがそうした結果へとたどりつくためのプロセスです。これは政府と議会の間の憲法上の責任と権力の分立と関係します。
 欧州連合条約の第50条は、「すべての加盟国は、その憲法上の要請に従って、欧州連合から脱退することができる」(50条1項)*4と規定しています。脱退を決めた加盟国はその意思を欧州理事会に通知しなければなりません。理事会は、続いて、脱退について加盟国と話し合い、その取り決めにつき合意することになります。これらは、理事会の特定多数決により、また欧州議会により、承認されなければなりません(50条2項)。しかし、その合意が効力を発する日から、もしくは理事会が期間の延長に全会一致で合意しない限り通知から2年が経過した時点で、条約は当該国に適用されなくなります(50条3項)。問題は、そうした通知が外交行為における国王の大権の範疇にあるのか、それともそうした大権は連合王国議会の法を動揺または大きく損なわせるような仕方で用いられえないという原則に抵触するのか、ということです。ある議論においては、1972年の欧州共同体法は個人等に対して、条約が適用されなくなれば自動的に失われるであろう権利を付与している、とされます。そのような帰結は、議会の法によってのみ達成されうる、と論じられます。さらなる問題は、通知を行う権限を政府に与える上で単純な議会の法だけで十分なのか、それとも1972年法の根本的な置き換えが必要なのか、ということです。
 それに対する議論としては、他国との条約の締結と廃止を含め、外交問題に関する行為は、国王の大権(皆さまが呼ぶところの連邦の執政権力)の範疇にある、というものです。2015年のEUレファレンダム法は、脱退プロセスの開始にさらなる議会の承認が必要であるとは明示的にも暗示的にも述べておりません。レファレンダムが行われた前提は、政府がその結果を実行するだろうということでした。プロセスの開始は法を変更するものではないでしょう。
 こちらに来る少し前に、合議法廷(Divisional Court)は全員一致で、国王大権の下、国務大臣EU離脱の通知を行う権力を有していないという判決を下しました。条約の締結が法律を変更することにはならないのと同じように、条約の廃止も法律を変更しえないわけですが、第50条の発動は自動的にそのような効果を持つことになるだろう、と判示しています。それではなにがなされるべきなのか、それはたぶんあまり明確ではありません。しかし、この事件は最高裁に上訴されておりますので、私にはこれ以上述べることはできません。

長いのでこれぐらいにしておきます。おそらくところどころ変な訳や訳語があるかと思いますが、ご容赦ください。

 最高裁のスポークスマンは今回の件について、「単に法律を学ぶ学生に対して公平な仕方で両方の側の主張を紹介しただけだ」との見解を示しています*5。しかし時期が時期なだけに、注目されるのも当然と言うべきかもしれません。ヘイル卿は講演の最初に、そこで話すことは「あまりにも話題になっていることなので特に慎重に話さなければならないでしょう」と述べていましたが、残念ながら慎重に語ってもメディアに取り上げられる結果となってしまいました。

*1:The Independent "Brexit vote 'note legally binding' says Supreme Court judge" (last updated 2016/11/16, last visited 2016/11/17).

*2:Daily Mail "Supreme Court judge warns ministers might be forced to spend MONTHS overhauling EU laws BEFORE they can trigger Brexit talks" (last updated 2016/11/15, last visited 2016/11/17).

*3:The Supreme Court "Lady Hale gives the 30th Sultan Azlan Shah Lecture, Kuala Lumpur" (last visited 2016/11/17).

*4:この訳文はこちらの論文の訳を引用させてもらいました。

*5:The Supreme Court "Lady Hale's lecture 'The Supreme Court: Guardian of the Constitution?'" (last updated 2016/11/15, last visited 2016/11/17).