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検察は政治的独立性を失ったのか

司法 政治 検察 法務検察人事

 今年行われた法務事務次官人事について、Asahi Judiciaryに村山治さんの興味深い記事が掲載されています*1。以下、一部引用します。

 複数の法務・検察幹部らによると、この人事の法務省原案では、稲田氏の後任の法務事務次官は林真琴刑事局長(59歳、35期)を昇格させ、黒川氏は地方の高検検事長に転出させることになっていた。ところが、7月中旬、稲田氏が官邸に了承を取りに出向いたところ、官邸側が黒川氏を法務事務次官に昇任させるよう要請したという。
 これを受けて稲田氏や大野氏ら法務・検察の首脳が対応を協議した結果、黒川氏を法務事務次官に起用し林氏を刑事局長に留任させる人事案に切り替え、内閣の承認を得て8月15日に公表した。法務・検察首脳らは、官邸側で黒川氏の次官起用の人事を求めた最終決定者は菅義偉官房長官だった、と受けとめている。
 法務省内では、人事原案の変更について「官邸側の要請がお願いベースだったため、法務省として断り切れなかった」と説明されているが、官邸に近い筋は「官邸側の意思は硬く、稲田氏の説得が受け入れられる状況ではなかった。稲田氏は真っ青になって帰った」といっている。
 従来、官邸への法務省人事原案根回しは黒川氏が行ってきた。今回は、黒川氏自身が異動対象になるため、稲田氏が根回しに動いた。稲田氏が官邸に出向いたとき、黒川氏は海外出張中だった。「黒川氏が根回ししていたら、こうはならなかったかもしれない」という検察首脳もいた。

 法務事務次官のポストを争った黒川、林両氏は、粒ぞろいとされる検察の司法修習35期の中でも傑出した存在で、検事任官約10年後から2人とも、将来の検察首脳候補として法務省の行政畑で重用されてきた。
 黒川氏は政官界へのロビーイング・調整能力を買われ、司法制度改革の設計段階から法務省側の中枢的な役割を担った。改革実現後は、秘書課長、官房審議官、官房長と政界や他省庁との折衝を担当。官房長在任は5年の長期に及んだ。
 一方の林氏は、制度改革で黒川氏を支える一方、2002年に発覚した名古屋刑務所の虐待事件を機に矯正局総務課長に就任。警察人脈をフル活用し、百年に一度の改革といわれた監獄法改正をなしとげた。その後は、人事課長として大阪地検東京地検の不祥事処理を陣頭指揮し、最高検総務部長から刑事局長の道を歩んできた。
 法務・検察部内での両氏の評価に甲乙はないが、林氏が監獄法改正で矯正局総務課長を3年務めたため、エリート検事が歴任する刑事局総務課長ポストは黒川氏が先任し、林氏に引き継いだ。2人をよく知る元検察首脳は「人事案をひっくり返されたのは衝撃だったが、これまでの経歴を見れば、順当な人事だったともいえなくもない」と言っている。

 官邸側は、黒川氏の危機管理、調整能力を高く評価していた。黒川次官にこだわったのは、長期にわたって政権を支えた「恩」に報いる「処遇」の意味もあったとみられるが、政権を安定的に維持するため、今後も黒川氏をこれまで同様に使いたいとの考えもあった。
 安倍政権は、沖縄の辺野古移設訴訟、「国際公約」とされる「共謀罪」法案を抱え、従来にも増して野党や弁護士会などへの法務省のロビーイングを必要としていた。特に、共謀罪法案は野党や弁護士会などの強い反対でこれまでに3度廃案になっており、政権幹部の一人は朝日新聞の取材に対し「共謀罪をやるためにここまで黒川氏を官房長として引っ張ってきた」とも話した。
 黒川氏が検事長になってしまうと、検察の独立の面から捜査、公判以外の仕事はできなくなる。法務事務次官ならば、官房長の上司であり、官房長同様、各方面への根回しの仕事を期待できるとの思惑があったとみられる。
 一方、法務省は、臨時国会での法案提出に備え、対象となる組織の定義を暴力団やテロ組織などに限定し、さらに犯罪構成要件についても過去の審議で「争点」となった問題点をクリアするための手当を人事原案作成時点で終えていたという。法務省としては、仮に黒川氏がいなくなっても、国会審議を乗り切って法案を通すため、できるだけの準備をしていた訳だ。そうした点については当然、政権側も承知していたと思われる。だとすると、政権は、法案成立もさることながら、法務・検察をグリップするため、あえて人事に口出ししたのではないか、との見方が出てきてもおかしくない。

とてもおもしろいですね。特に興味深いのは、政治が介入して黒川さんを事務次官に据えた理由が「検事長になってしまうと、検察の独立の面から捜査、公判以外の仕事はできなくなる。法務事務次官ならば・・・・・・各方面への根回しの仕事を期待できるとの思惑があったとみられる」と説明されている点です。

 これ以上付け加えることは特にありませんが、ただなんとなく思うのは、政治(と単純化して一括りにしますが)が検察に影響を及ぼすことが制度的に許容される構造が存在する中で、政治が検察に影響を及ぼしてはならないと非難することにどれほどの意味があるのだろうか、ということです*2。同様に、ある行動をとればなんらかの種類の制裁が加えられうる制度構造になっている中で、その行動をとらないことに対して非難をするのは、よく言うと検察官かくあるべしという規範論ですが、悪く言えば単なる精神論にすぎないのではないかとも思います。仮に検察に政治的独立性が必要であるとするならば、むしろ考えるべきは制度の部分なのではないか、と思います。

*1:Asahi Judiciary「官邸の注文で覆った法務事務次官人事 『検事総長人事』に影響も」(2016年11月22日更新、2016年11月23日確認)。

*2:大臣は、個別事件については検事総長を指揮できるのみですが、人事などについては一般的な指揮監督権を有しています。人事慣行の確立は政治的影響を回避しようとするための1つの手段ですが、それは「政治的影響がない」ことを意味しません。